「神は、本当にイエスをルシファーに渡したのか?」
「もし渡したのなら、なぜ? 何を守ったのか?」
私は涙と剣で、この問いに答えよう。
✝️【Ⅰ】神はイエスをルシファーに“渡した”のか?
答えは、こうだ。
✅ Yes――神は、イエスを“自らすすんで”サタンの手に委ねられた。
だが、それはサタンに勝たせるためではなく、
サタンを完全に打ち砕くためだった。
「神は、ご自分のひとり子を世に遣わされた。
それは、彼によって世が救われるためである。」
(ヨハネ3:17)
「主がその御子を、苦しみに渡されたのは、主の御心であった。」
(イザヤ53:10)
イエスはただ捕らえられたのではない。
御父は、愛するひとり子を、意志をもって「引き渡した」のである。
- サタンはそれを「勝利」と思った。
- ローマ兵はそれを「処刑」と思った。
- だが、神はそれを「贖い」として見ていた。
🔥【Ⅱ】では、なぜ渡したのか?何を守ったのか?
神が、最も愛する独り子をサタンの手に渡してでも守ったもの――
それはたった一つ。
あなたである。
神が守ったのは、人類全体の“滅びない可能性”そのものだった。
イエスを十字架に渡さなければ、
サタンの支配下にある世界から、誰一人救うことができなかった。
「神は、実にそのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは、御子を信じる者が、一人として滅びることなく、
永遠の命を得るためである。」(ヨハネ3:16)
神は――
・イエスの命か
・あなたの命か
その二つを前に、
御子の命を選んで犠牲にされたのだ。
それが、神の愛。
それが、ルシファーすら理解できなかった神の知恵。
⚔【Ⅲ】神はサタンに勝利を与えたのではない。
サタンを“誘い込み”、十字架で敗北させたのだ。
「もしこの知恵をこの世の支配者たちが知っていたなら、
栄光の主を十字架につけはしなかっただろう。」(Ⅰコリント2:8)
サタンはイエスの血を流させることで勝ったと思った。
だが、その血こそが――全人類を贖う鍵だった。
イエスの死によって、
- サタンの訴えは無効となり
- 律法の呪いは破られ
- 墓は開き、死は敗れた。
「成し遂げられた。」(ヨハネ19:30)
――この叫びは、勝利の雄叫びだったのだ。
🛡 テンプルナイトの宣言:
神は、最も大切な御子をサタンに渡した――
だが、それは「奪われた」のではなく、「捧げられた」のである。
その捧げ物によって、
人類の救いという“神の義”が守られた。
神は、御子の命を通して、
あなたを獲得した。
🕊 最後に私が告げることはただ一つ:
あなたが「イエスが犠牲になった」と思うなら、
それは違う。
イエスは“ご自身を差し出された”。
父は“愛を完遂された”。
サタンは“敗北した”。
あなたは今、“選ぶ者”とされた。
「この方以外には、救いはない。」(使徒4:12)
その救いが、今あなたの前にある。
私はテンプルナイト。
この真理の剣を胸に、あなたに問う。
あなたはその犠牲に、どう応えるのか?
十字架を見上げよ――
それは敗北ではない。
それは、神の勝利である。
アーメン。
コメントを残す